4. ケアンズからダーウィンへ

 10月19日、再びシングルハンドとなってダーウィンへ向うことになりました。ケアンズから北のグレートバリアリーフ(GBR)の内海はますます狭くなり、曲りくねった水路は2〜5マイルほどの幅しかなく、また、多くの暗礁が航路帯近くにあり、大型船も航行しています。こういった狭い危険な水路では、ヨットは明るい日中しか安心して航行することしか出来ず、日々の航程は40〜50マイルが限度です。

 ぽれーるはGBRの内海をクルーズするのを諦め、ケアンズの北東約38マイルにあるトリニティ・パスTrinity Pass(南緯16度21分、東経146度02分)から外海に出て再びヨーク岬の先端から南東に約100マイルの距離にあるレイン・アイランド・エントランスRain Island Entrance(南緯11度39分、東経144度04分)からGBR内へ入り木曜島へ行くことにしました。  ケアンズ出港の4〜5日前から25〜30ktの南東の風が吹いており、トリニティ・パスを出た外海では4〜5mの波がたっていました。ぽれーるはほぼ真後ろから風と波を受ける不安定なランニング状態でキャビン内にいた時、急激なローリングで壁に身体を二度ほど叩きつけられました。何とか軽い打身程度で済みましたがGBRの穏やかな海と外海の違いを思い知らされました。

(写真をクリックすると拡大します) ケアンズ 〜 ダーウィン 〜 ココス島 クルーズ ケアンズ 〜 ダーウィン 〜 ココス島 クルーズ

 GBRに沿って約20マイル沖を北上し、ケアンズからレイン・アイランド・エントランスの約400マイルを2日間で走り、再びGBRに入ったのは21日の午前でした。航海図ではエントランスを左に回りきったところの珊瑚礁の内側にアンカリングのマークがありましたが、30kt近い南東の風が吹抜け、うねりはないものの15mほどの海底は珊瑚がびっしりと生育していました。強風下の海面でアンカーが珊瑚や岩に絡まる可能性が高いところではとてもアンカリングする気になりませんでした。

 結局、既に珊瑚礁の内海に5マイル入っていて、これから向い風と波の中を外海へ戻るのもたいへんなことから、このまま珊瑚礁の暗礁地帯を夜通し走り約80マイル先の内海の航路帯を目指すことにしました。明るい内は暗礁が目で確認できていましたが、曇り空の月も星も見えない海面は夜になるに従い暗闇の世界へ変り、頼りにするのはGPSマップと暗礁で砕ける波の音だけでした。クルーズ速度を4kt以下に落し、変針を繰返しながら200〜100mの狭い水路をいくつも通り、GPSマップが正確なことを祈るばかりの暗闇の時間が約10時間続きました。

 GPSは衛星をとらえる数が減ると距離誤差が大きくなります。また、航海中、GPSは時々ロストポジションすることもあり、常に正確な位置を示しているとは限りません。GPSに内蔵されている地図データも大型船が航行するような航路帯を除けばどこまで正確かどうかは分りません。今回もこの暗礁地帯の航行中に2回GPSがロストポジションし、位置誤差が200mを越えたことが3度ありました。

 ぽれーるにはハンディータイプも含めると6台のGPSを搭載しています。航法系統のGPSは現在故障中ですが、5台のGPSの位置を同時に確認することが出来ます。しかし、実際にGPSを比較すると分りますがそれぞれの位置情報は少しづつ違っています。こういった狭い水路を航行するときは普段から一番信頼性の高いと思われるGPSを見極めておくことが重要で、複数のGPSを見て混乱するよりは、その信頼性が高いと思われるGPSを頼りに航行する方がいいように思います。22日の5時前になってやっと辺りが明らみ、何とか海面を目で確認しながら進むことが出来るようになりました。この時ばかりは心から神様に感謝し、また、二度とこのような危ない航行はしないと心に誓いました。

 23日の13時に木曜島沖に着きましたが、島の間を抜けてくる風をまともに受け、潮流の速い木曜島のアンカリング地は諦め、対岸のホーン島沖にアンカーを下ろしました。結局、風がおさまらなかったため木曜島への上陸を諦め、翌日24日にはダーウィンへ向け出港しました。

 アラフラ海に入ると海は急に穏やかなり、8〜10ktの東風を受けてぽれーるはコンスタントな4ktでランニング・クルーズを続けました。アラフラ海は海図を見ても分るように水深がどこまで行ってもほぼ一定の50m前後でグレイトバリアリーフの内海と同じように緑色がかった海が広がっています。もし、アラフラ海の海水が無くなったらきっとオーストラリアの中央地帯のような大平原が姿を現すことでしょう。

 また、ウミヘビや海面に漂う鯨の排泄物の黄色い帯もグレートバリアリーフの内海と同じでした。ただし、昼間鯨の姿を見ることは一度もありませんでしたが、夜中、ぽれーると併走して泳ぐ鯨の潮吹き音が間近で何度も聞かれました。また、南緯10度付近を真西に向って進むぽれーる右舷の北の空には懐かしいカシオペアが夕方から、夜半過ぎには北斗七星が見えていました。

 トンガでトローリングのために買ったピンク色のイカのルアーには南太平洋をはじめグレートバリアリーフでも一度も魚の引きがきたことがありませんでしたが、アラフラ海に入ると70cm前後のツナが入れ食い状態になり、毎日、刺身とツナのステーキ、残った身は干物にしてはビールのつまみとなりました。不思議なことに他の海域で魚がかかっていた小魚の形のルアーとか青色や緑色のイカのルアーにはほとんど引きがありませんでした。

 クローカーCroker島(南緯11度、東経132度30分)の沖合でケアンズを出て初めて陸岸に沿って同方向に航行するヨット(距離3マイル程)と出会い私から無線で呼びかけ話することができました。彼の名前はダン、シドニーがホームポートでオーストラリア一周中で私と同じようにシングルハンドでケアンズからダーウィン目指しているとのことでした。ダーウィンのハーバー事情をいろいろと教えてもらいダーウィンで会おうと言って交信を終りました。この時は夕方で直ぐに船影が見えなくなり、結局、ダーウィンでも会う機会はありませんでした。

 しかし、この後、ぽれーるがダーウィンからクリスマス島に向う途中、ダーウィンを出て2日目の洋上で偶然にもそのダンから無線で呼びかけられました。お互いやはり3マイル以上離れていましたが、彼はぽれーるの大きな日の丸と黒い船体でぽれーると分ったようです。お互いの安全な航海といつか何処かで会おうと言って彼は更に南のパースを目指し南西に針路を取り、ぽれーるはクリスマス島へ真西に向いだんだんと船影が小さくなって行きました。

 アラフラ海を抜けてダーウィンを目指す場合、メルビル島とオーストラリア北部のアーネムランドの先端に伸びるベーション岬の間のダンダスDundas海峡(南緯11度16分、東経131度40分)を通りバンディーメン湾に入って再び西のインド洋ティモール海への出口のクラレンス海峡(南緯12度05分、東経131度03分)を通過してダーウィンへ行くのが近道です。ただし、これはダーウィンに着いてから分ったことですが、これらの海峡は干満差による潮の流れが最大6kt程度あり、これに逆行して進んだぽれーるはこの2つの海峡を通過するのにかなり時間がかかりました。 木曜島から約780マイルのダーウィンには10月30日の正午に到着しました。