c. スリランカの思い出(その3)

 ゴールに入港した翌日の13日にはハーバーセキュリティーのヘラHeraと知合い、彼の夜勤あけにヘラのスクーターに二人乗りし、彼の家に招待されてお酒や食事をごちそうになりました。彼は35歳で家族は奥さんと小学校に通う二人の女の子タニアとイマーリ、彼の妹のセルニャーの5人でゴールの街の郊外に住んでいました。もちろん、彼は親切心だけから私を誘ったのではなく、港の警備の本業のほかにサイドビジネスとして海外のヨッティーを相手に旅行の斡旋、宝石やお土産店等への紹介でお金を稼いでいるようでした。

 彼が14日からセイロン島の中央にある故郷のナーランダNalandaへ彼のエアコン付の車で帰るので道すがら観光を兼ねて私を連れて行きたいと言いましたので話に乗ることにしました。もちろん、彼も商売ですから有料で1日あたりの旅行費用が6000ルピー(100ルピーは80円ぐらい、スリランカの人の月給平均は2万ルピー以下)で車代、ガソリン代、宿泊、食事料込みの価格です。彼にとっては帰郷と商売の一石二鳥の話だったようでした。彼は警備員の位からすると下の方ですが英語が堪能なためゴール港ではちょっとした顔役で上司にもかなり賄賂を渡し、適当に休暇を取ってはサイドビジネスに精を出しているようでした。

 14日早朝、ヘラのかなり古い少しくたびれた荷物運搬用の日産バネットで港を出発し、先はゴールから海沿への道を北へ進み117km離れたコロンボを目指しました。運転しながらヘラは日本の車は素晴しく古くなってもよく走ると言っていましたが、エアコンは故障し後ろのブレーキランプは右側だけしか点いていませんでした。スリランカには道に沿って多くのお寺があり、敬虔な仏教徒であるスリランカの人々はすべてではありませんが自分が信じている宗派のお寺では車を止め、お祈りとお賽銭を入れていました。また、乗合いバスもそういったお寺の前では止り、車掌役の男性が走って行ってお賽銭を入れて拝み、再び発車していました。

 そういった敬虔な仏教徒の反面、車の運転は非常に荒く、警笛をけたたましく鳴らし歩行者や小さな車、バイクを蹴散らし対向車がある時もカーブで先が見えない時にも追越しをかけながら車を走らせます。また、乗合いバスはお年寄や子供が乗降しない時は停留所でも完全に止ることはなく、動いているバスに飛乗り飛降りなければなりません。もちろん、バスの前後のドアは常に開けっぱなしで走っています。ヘラは自分では安全運転手と言っていましたがとてもそうとは思えませんでした。少しでも車のスピードをおとすと後ろから警笛をしつこく鳴らされ追抜きや割込みをされてしまいます。

 スリランカの幹線道路は一応舗装されていますがガタガタでした。その上を小型三輪タクシーツクツクが走り回り、二人や三人乗りのオートバイ、大型乗合いバスがすごいスピードで荒っぽく走っています。コロンボ市内の少し広い道では横断歩道とはいえ渡り切るにはかなり車に気を付けないと危ない目に遭います。ここスリランカでは車の所有が富の象徴であり歩行者よりも車の通行が優先されています。また、太っていることも富の象徴でこの国の大統領や首相、国会議員のほとんどの人が太っており、街角にはそういった人のポスターが多く貼られています。

 ヘラの車は午前5時にゴールを出発して8時過ぎにコロンボ市内を通過し、コロンボからセイロン島の中心に向って山道を進み5時間たった10時過ぎにケガルKegalleに着きました。ここでは象園に行って象に乗ることになりました。私はドライブですっかり疲れていましたが初めて象に跨り林の中を王者になった気持で少し緊張しながらも約30分象に乗りました。架台のない象の背中に薄い布をかけてその上に直接跨るため、のり心地は決してよくなくゴツゴツした象の背骨がおしりに当り痛く、多く揺れる背中の上で落ちないように両足で挟み象の首に巻かれた麻縄を掴んでいました。

 この象公園には日本の有名な動物博士の畑さんも来て象に跨っている写真が飾ってありました。ケガルから少し山に入ったティープラントで休憩し甘いセイロン紅茶を飲み、お茶の製造工程を見学したり、茶畑で働く茶摘の人たちと写真を撮ったりしました。更に山奥にスリランカの古都カンディーKandyがあり日本の京都のような観光地で昔つくられた人工の湖の側に建つ王宮跡や仏陀の歯を祭った仏歯寺があり多くの観光客で賑わっていました。王宮跡では案内人へのヘラのチップの金額が効いたのか普通の観光客では入れないところまで案内してもらい、当時の王様しか見られなかったという王宮のテラスからカンディーの街を眺めることができました。

 カンディーの街中とそこから伸びる道路はたいへん交通量が多く混んでおり、その中でヘラは前の車と接近し過ぎてスピードを上げていたためカンディー郊外で前の車が止ったのに気がつくのが遅れて急ブレーキをかけましたが間に合わず衝突事故を起してしまいました。どうも仏様に対するお祈りと賽銭が少し足らなかったようでした。私が公平に判断しても止っている車に衝突したのですからヘラに過失があると思いますが、かなりの剣幕でヘラも前の車の運転手も言争っていました。ただでさえ混んでいる道がこの事故のため大渋滞となってしまいました。私が車から降りて道の脇でその様子を見ていると警察官が通りかかりましたがまったく事故には関心がないようでそのまま行ってしまいました。

 スリランカの一般の人はこの種の事故に関心があるのか、20名ぐらいの通りかかりの人がわざわざ自分の車から降りてきて双方の言分を聞いており、中には本来警察官が行う交通整理までやる人とか知っている修理屋さんに電話をかける人、仲介をする人等が集ってしまいました。結局、追突された方のドライバーが無免許だったため公にしないということで、ヘラが2000ルピー渡して話はつきました。この間約40分、夕方の帰宅ラッシュの中、この事故で起った渋滞で多くの人が迷惑を被ったことだろうと思います。

 ヘラの故郷のナーランダにはその日の18時半頃到着し、あらかじめヘラが予約していた田舎のホテルに泊ることになりました。ホテルと言ってもドアの鍵が壊れていたり、シャワーはお湯は出なく、コンセントにはまともに電気は来ておらず、多分一泊1000〜1500ルピークラスの宿屋です。夕食を済ませちょっと休憩してからその夜、ヘラのお姉さんの家と両親が暮す実家を訪ねることになりました。

 お姉さんの家には15歳になる名前がコーナーラという中学2年生ぐらいの少年がいて、いろいろ話をすることが出来ました。彼は日本の少年と同じように少しパソコン・オタク的なところがあり、将来はゲームプログラマーになりたいという夢があるそうです。ヘラの実家ではヘラのお父さん、お母さんと妹さんに会いましたが、その時、ヘラは普段と違って両親の足下にひれ伏して挨拶し、別れる時も同様な挨拶をして帰りました。スリランカでは僧侶に会う時別れる時、久しぶりに会った目上の人に対しては同様のやり方で挨拶するそうです。

 15日朝、ヘラ、ヘラのお姉さん、その子のコーナーラと私の4人でシーギリアの王宮跡、ダンブラーDambullaのロック寺院を見学し、帰りにはスパイシーガーデンを訪れました。その夜は、一日目と同じホテルに泊り、そのホテルや近くの農園で働く若者達とホテルのレストランで片言の英語でしたが話をすることが出来ました。彼等は私がクルーズで巡ってきた国のことを聞きたがり、いつかは海外へ行ってみたいがお金持か国会議員等のコネがない限りスリランカでは海外へ行くためのビザの取得は不可能だと言っていました。この田舎のナーランダまで来て初めてあまりお金に執心しない若者に会った気がしました。

 16日はホテルを9時半に出て、来たときと全く同じ道を逆に戻りゴールに向いました。ナーランダを出るところで、何故か分りませんがヘラが応援する故郷の国会議員の家に寄って私をそこにおいたままヘラは1時間ほどどこかに行ってしまいました。残念ながら選挙遊説中で議員先生には会うことは出来ませんでしたが、留守番をしていた一人娘の15歳のサリーニが紅茶を入れてくれ、私の話相手になってくれました。彼女の将来の夢は彼女のお父さんと同じような政治家になることでそのため英国に留学して政治学を学びたいということでした。

 再びヘラの車に乗りカンディーの手前の小さな町でヘラの案内する多分彼が案内料を貰う提携先の宝石店とお土産屋をまわることになりました。ヘラがお店に入る前に少し私に対して気が引けたのか「今から案内するお店は少し市価よりも高いので買わなくていいから見るだけは見てほしい」と言いました。昼食はカンディーのやはりヘラの友人が経営するレストランでとりました。カンディーの街には観光客をあてにしたかなりの数の浮浪者がメインストリートの道ばたに座り込んで物乞をしていました。その中の小さな女の子を連れた30歳過ぎの母親に対しヘラが少し話し込んでから約300ルピーのお金を渡していたのが印象的でした。

 途中、ケガルの近くでお巡りさんのヒッチハイカーを乗せて走りましたが、ヘラの運転は来たときと同様に荒っぽく(多分スリランカでは標準ドライバー?)、横断歩道を渡ろうとしている人を警笛で威圧し、バイクやツクツク等の小型車両を歩道側に蹴散らしながらどんどん走っていました。昨日の追突事故はいったい何だったのかという私の思いと、反省のまるでないヘラの運転ぶりを横で見ながら彼が気持よく歌う「キサーラ〜・・・」という昔のスリランカ王国の物語を語る歌を聞きながら、きっとヘラはカンディーで行った浮浪者の親子に対する施しで彼は仏様から守られていると思っているのだと考えていました。

 ゴールには夕刻に着き、その日はヘラの家に泊りましたが、その夜はヘラは何故か浮ばぬようでした。多分、追突事故の件で奥さんからかなり絞られていたようでした。彼のこのゴールの家はもともと奥さんの家でここでは彼も奥さんにかなり気を遣っているようでした。彼にはあんなにかわいいタニアとイマーリがいるのに彼は男の子が欲しいそうです。しかし、彼の奥さんはヘラの給料では3人目はダメだそうです。結局、夜遅くまで彼と飲み明し、ヘラの愚痴を聞くことになりました。ヘラは海外から来るヨッティーを相手にサイドビジネスでかなり頑張っていますが家庭では奥さんに頭が上がらないことが分り、少しかわいそうな気がしました。